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東京高等裁判所 平成10年(行コ)108号 判決 1999年6月21日

控訴人兼被控訴人(一審原告)

岩瀬弘子

外一名

右両名訴訟代理人弁護士

井上康一

被控訴人兼控訴人(一審被告)

東京上野税務署長

北村千秋

被控訴人(一審被告)

浅草税務署長

近藤吉輝

右両名指定代理人

森悦子

外三名

主文

一  原判決中控訴人兼被控訴人岩瀬弘子及び同岩瀬信子の各敗訴部分を取り消す。

二  被控訴人兼控訴人東京上野税務署長が亡岩瀬糸子の平成元年分の所得税について平成五年三月三日付けでした控訴人兼被控訴人岩瀬弘子及び同岩瀬信子に対する各更正のうち、各長期譲渡所得金額四億三八二五万七〇〇二円及び各納付すべき税額三五一八万三二〇〇円を超える部分及び各過少申告加算税賦課決定を取り消す。

三  被控訴人浅草税務署長が控訴人兼被控訴人岩瀬弘子の平成元年分の所得税について平成五年三月三日付けでした同人に対する更正のうち長期譲渡所得金額一億一六八七万三一一六円及び納付すべき税額二七二〇万二二〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

四  被控訴人兼控訴人東京上野税務署長の本件控訴を棄却する。

五  訴訟費用は、一、二審とも、被控訴人兼控訴人東京上野税務署長及び被控訴人浅草税務署長の各負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人兼被控訴人岩瀬弘子(以下「控訴人弘子」という。)及び同岩瀬信子(以下「控訴人信子」という。)

主文同旨

二  被控訴人兼控訴人東京上野税務署長(以下「東京上野税務署長」という。)

1  原判決中東京上野税務署長の敗訴部分を取り消す。

2  控訴人弘子及び同信子の東京上野税務署長に対する各請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は、一、二審とも、控訴人弘子及び同信子の各負担とする。

三  被控訴人浅草税務署長(以下「浅草税務署長」という。)

1  控訴人弘子の浅草税務署長に対する本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人弘子の負担とする。

第二  当事者の請求と本件事案の概要等

本件における控訴人弘子及び同信子の各請求の内容、本件事案の概要及び本件の各争点に関する当事者双方の主張等は、原判決三六頁二行目から七行目までの(3)の項の記載を削除し、同八行目の(4)から同三七頁一一行目の(6)までの項番号をそれぞれ(3)から(5)までに繰り上げるほかは、原判決の「事実及び理由」欄の第一項から第五項までの各項の記載のとおりであるから、右の各記載を引用する。

すなわち、本件の中心的な争点は、本件取引が、課税庁側の主張するように、本件譲渡資産と本件取得資産との補足金付交換契約とみるべきものであったのか、それとも控訴人弘子及び同信子の主張するように、本件譲渡資産及び本件取得資産の各別の売買契約とその各売買代金の相殺とみるべきものであったのかという点にある。

なお、本件取引が、控訴人弘子及び同信子の主張するように、本件譲渡資産及び本件取得資産の各別の売買契約とその各売買代金の相殺とみるべきものであったとした場合には、右控訴人らの本件の所得税関係及び相続税関係の各課税標準、税額等が、右控訴人らの各確定申告額どおりとなることについては、当事者間に争いがない。

第三  争点に対する判断

一  本件取引の経過

本件取引の経過に関する事実認定は、原判決五三頁一行目及び五七頁四行目にそれぞれ「代替土地」とあるのをいずれも「代替土地の代金」と改めるほかは、原判決五一頁八行目から同五九頁二行目までの「一 本件取引の経過」の項の記載にあるとおりであるから、この記載を引用する。

二  本件取引の法的性質

1  本件取引に関しては、本件譲渡資産の譲渡及び本件取得資産の取得について各別に売買契約書が作成されており、当事者間で取り交わされた契約書の上では交換ではなく売買の法形式が採用されていることは、前記のとおりである。

2  もっとも、右の事実関係からすれば、亡糸子らにとってもヤマハ企画にとっても、本件取引においては、本件譲渡資産の譲渡あるいは本件取得資産の取得のための各売買契約は、それぞれの契約が個別に締結され履行されただけでは、両者が本件取引によって実現しようとした経済的目的を実現、達成できるものではなく、実質的には、本件譲渡資産と本件取得資産とが亡糸子らの側とヤマハ企画の側で交換されるとともに、亡糸子らの側で代替建物を建築する費用、税金の支払に当てる費用等として本件差金がヤマハ企画側から亡糸子らの側に支払われることによって、すなわち右の各売買契約と本件差金の支払とが時を同じくしていわば不可分一体的に履行されることによって初めて、両者の本件取引による経済的目的が実現されるという関係にあり、その意味では、本件譲渡資産の譲渡と本件取得資産及び本件差金の取得との間には、一方の合意が履行されることが他方の合意の履行の条件となるという関係が存在していたものと考えられるところである。

さらに、本件取引における本件譲渡資産の譲渡価額あるいは本件取得資産の取得価額も、その資産としての時価等を基にして両者の間の折衝によって決定されたというよりも、むしろ、国土法の制約の下で許容される本件譲渡資産の譲渡額の上限額を前提として、本件取引により亡糸子ら側で代替物件を取得した上に税金を支払ってもなお利益のある額となるように亡糸子ら側で計算して本件譲渡資産を構成する各資産ごとに割り振るなどして算定した金額を、ヤマハ企画側でも受け入れて、前記のとおりの額と決定したものであることが認められる。

これらの事実関係からすれば、亡糸子ら側とヤマハ企画との間で本件取引の法形式を選択するに当たって、より本件取引の実質に適合した法形式であるものと考えられる本件譲渡資産と本件取得資産との補足金付交換契約の法形式によることなく、本件譲渡資産及び本件取得資産の各別の売買契約とその各売買代金の相殺という法形式を採用することとしたのは、本件取引の結果亡糸子ら側に発生することとなる本件譲渡資産の譲渡による譲渡所得に対する税負担の軽減を図るためであったことが、優に推認できるものというべきである。

3 しかしながら、本件取引に際して、亡糸子らとヤマハ企画の間でどのような法形式、どのような契約類型を採用するかは、両当事者間の自由な選択に任されていることはいうまでもないところである。確かに、本件取引の経済的な実体からすれば、本件譲渡資産と本件取得資産との補足金付交換契約という契約類型を採用した方が、その実体により適合しており直截であるという感は否めない面があるが、だからといって、譲渡所得に対する税負担の軽減を図るという考慮から、より迂遠な面のある方式である本件譲渡資産及び本件取得資産の各別の売買契約とその各売買代金の相殺という法形式を採用することが許されないとすべき根拠はないものといわざるを得ない。

もっとも、本件取引における当事者間の真の合意が本件譲渡資産と本件取得資産との補足金付交換契約の合意であるのに、これを隠ぺいして、契約書の上では本件譲渡資産及び本件取得資産の各別の売買契約とその各売買代金の相殺の合意があったものと仮装したという場合であれば、本件取引で亡糸子らに発生した譲渡所得に対する課税を行うに当たっては、右の隠ぺいされた真の合意において採用されている契約類型を前提とした課税が行われるべきことはいうまでもないところである。しかし、本件取引にあっては、亡糸子らの側においてもまたヤマハ企画の側においても、真実の合意としては本件譲渡資産と本件取得資産との補足金付交換契約の法形式を採用することとするのでなければ何らかの不都合が生じるといった事情は認められず、むしろ税負担の軽減を図るという観点からして、本件譲渡資産及び本件取得資産の各別の売買契約とその各売買代金の相殺という法形式を採用することの方が望ましいと考えられたことが認められるのであるから、両者において、本件取引に際して、真実の合意としては右の補足金付交換契約の法形式を採用した上で、契約書の書面上はこの真の法形式を隠ぺいするという行動を取るべき動機に乏しく、したがって、本件取引において採用された右売買契約の法形式が仮装のものであるとすることは困難なものというべきである。

また、本件取引のような取引においては、むしろ補足金付交換契約の法形式が用いられるのが通常であるものとも考えられるところであり、現に、本件取引においても、当初の交渉の過程においては、交換契約の形式を取ることが予定されていたことが認められるところである(乙第八号証)。しかしながら、最終的には本件取引の法形式として売買契約の法形式が採用されるに至ったことは前記のとおりであり、そうすると、いわゆる租税法律主義の下においては、法律の根拠なしに、当事者の選択した法形式を通常用いられる法形式に引き直し、それに対応する課税要件が充足されたものとして取り扱う権限が課税庁に認められているものではないから、本件譲渡資産及び本件取得資産の各別の売買契約とその各売買代金の相殺という法形式を採用して行われた本件取引を、本件譲渡資産と本件取得資産との補足金付交換契約という法形式に引き直して、この法形式に対応した課税処分を行うことが許されないことは明かである。

実質的に考えても、譲渡所得に対する課税は、資産が譲渡によって所有者の手を離れるのを機会に、その所有期間中の増加益を清算して、これに課税するというものであるところ、資産が著しく低い対価によって法人に譲渡された場合については、資産の増加益に対する課税が繰り延べられるのを防止するために、時価による譲渡があったものとみなして課税が行われることとなっている(所得税法五九条一項二号参照)が、それ以外の場合については、当該資産の増加益に対する課税が繰り延べられることもやむを得ないものとする法制が取られているところである。このような法制からすると、本件取引において、結果として本件譲渡資産が通常の場合に比較すると低い価額で他に譲渡されたこととなり、これによって亡糸子らの譲渡所得に対する税負担が軽減されることとなったとしても、その譲渡が右の著しく低い対価による譲渡に当たらない以上、その軽減された部分に対応する課税負担は後に繰り延べられることを法律自体が予定しているものというべきである。したがって、本件取引において、亡糸子らが税負担の軽減を図るため本件譲渡資産及び本件取得資産の各別の売買契約とその各売買代金の相殺という法形式を採用したとしても、そのことをもって、違法ないし不当とすることも困難なものというべきである。

4  結局、本件取引は、控訴人弘子及び同信子が主張するとおり、一方で亡糸子らがヤマハ企画に対して本件譲渡資産を代金七億三三一三万円で売却するとともに、他方でヤマハ企画から亡糸子らが本件取得資産を代金四億三四〇〇万円で購入し、この二つの売買契約の代金を相殺した差額の二億九九一三万円を、ヤマハ企画が亡糸子らに対して本件差金として支払ったというものであったとみるべきこととなる。

三  本件各課税処分の適否

右に検討したところからすると、いずれも本件取引が本件譲渡資産と本件取得資産との補足金付交換契約であることを前提としてされた東京上野税務署長及び浅草税務署長の控訴人弘子及び同信子に対する所得税関係及び相続税関係の本件各更正は、いずれも所得金額及び課税価格並びに納付すべき税額を過大に認定した違法なものであり、かえって、亡糸子、控訴人弘子及び同信子のした所得税関係及び相続税関係の各確定申告が、いずれも適正なものであったというべきことになる。

四  結論

そうすると、東京上野税務署長及び浅草税務署長が控訴人弘子及び同信子に対してした所得税関係及び相続税関係の本件各更正のうち亡糸子らの各申告に係る金額を超える部分並びに本件各過少申告加算税賦課決定の取消しを求める控訴人弘子及び同信子の請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由があることとなるから、原判決中控訴人弘子及び同信子の敗訴部分を取り消し、同控訴人らの右の各請求をいずれも認容するとともに、東京上野税務署長の本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官涌井紀夫 裁判官増山宏 裁判官合田かつ子)

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